お問い合わせ

CONTACT US

体験会や入会のご相談、学園についてのご質問もこちらからどうぞ。

たくし学園に来園して頂きありがとうございます。たくし学園は自分の可能性にチャレンジするための強い心と身体の育成を目指しています。クラブ活動や課外教室、出張教室などを通し、「夢を持つことの大切さ」「夢を叶えるために発達段階で身に付けること」「相手を思いやれる強い心」などを直接伝えます。

子どもは何もしなくても育ちますが、目をかけ愛のある声かけをすると驚くほど成長します。なるべく早い段階で子どもたちの個性・特徴を見つけることができれば、その子どもの人生は大きく変わます。その子だけの財産をより多く見つけてあげましょう。

また、学園祭(交流会)では『子どもvs大人』で対決し一緒に汗を流します。現在は子どもたちに負けまいと、お父さんやお母さんもトレーニングに励んでいます。お父さんやお母さんが一緒にからだを動かすことで、相乗効果となり子どもたちはさらに多くの財産を手にすることができています。たくし学園の建物はイメージですが、行っているクラブ活動や課外教室、出張教室は実際に行っています。ぜひ、一度見学にいらしてください。子どもの可能性を一緒に引き出していきましょう!

プロフィール

澤岻安史(たくし やすふみ)

誕生日 1979年10月14日
身長 179cm
体重 82kg(目標79kg)
血液型 A型
星座 てんびん座
干支 ひつじ
足のサイズ 29.5cm
出身
  • 胡屋保育園
  • コザ幼稚園
  • コザ小学校
  • コザ中学校
  • 北中城高校
  • 福岡大学
主な経歴
  • 1996-1997 沖縄県少年国体チーム選出
  • 2001-2002 福岡県成年国体チーム選出、九州学生選抜選出
  • 2003 横浜ギガキャッツ
  • 2004-2005 福岡大学アシスタントコーチ
  • 2005 沖縄県成年国体チーム選出うるま市教育研究所所属
  • 2006 沖縄市教育委員会所属
  • 2008-2012 琉球ゴールデンキングス(2008-2009、2011-12 bjリーグチャンピオン)
  • 2012 現役引退

あしあと

学生時代は特に夢もなく、進学のためにバスケットボールを続けていました。大学卒業後の2002年にバスケットボールを辞め、東京に出て職を転々としながら自分探しをしました。しかし、バスケットボールから離れられず2002年の10月から横浜ギガキャッツというチームに所属しバスケットボールを続けました。自分探しをしながら、その頃働いていた保育園の園児たちの笑顔が本当にキラキラと輝いていて「子どものために何かしたい!」という想いが強くなり、どんどん膨らんでいきました。

今思えば、『これが夢(目標)を持つということだったんだな』と思います。ここで“チャレンジャー安史”が誕生しました。2003年4月大学に戻り、教員免許の取得を目指し勉強しながら福岡大学男子バスケットボールのアシスタントコーチをさせていただきました。

2005年4月には沖縄に戻り、夏は学校のプール管理の仕事をさせてもらい、秋からはうるま市教育研究所や沖縄市教育委員会指導課に所属しました。そこでは、発達障害のある児童・生徒の学習を助けたり、学校生活を不自由なく送るためにその児童・生徒に合わせた支援や指導をするという仕事をさせていただきました。そこで出会った素晴らしい先生方や真っ直ぐな子どもたちに「教育」というものを教えてもらいました。

2007年に琉球ゴールデンキングスが誕生し、弟の直人の応援がきっかけで「弟の手伝いがしたい」という新しい夢ができました。負けて苦しんでいるいる弟の顔をみていられず、「同じチームに入り日本一になって、一番近くで弟の笑顔がみたい!」そう思うようになりました。葛藤もありましたが、新たな夢にチャレンジするため、2007年の12月に仕事を辞め無職になりました。

それからは、毎日20kmのロードワーク、3kmのスイム、2時間のウエイトトレーニングを欠かしたことはありませんでした。家族とたくさんの方々の支えのおかげで2008年の8月にキングスの練習生になることができ、仕事を辞めてから1年後の12月にプロ契約をすることができました。しかし契約期間は1ヶ月という厳しいもので、 契約してからもなかなかコート立つことは出来ず、あっという間に1ヶ月が過ぎてしまいました。

覚悟はしていましたが、試合に出ないことには評価ができないということでもう1ヶ月だけ契約期間を延長して頂くことができました。2009年1月にチームメイトのおがげでプレイタイムをもらい、さらに武器とする3ポイントシュートも決めることができました。チームメイトのおかげで契約続行が決まりました。2008-2009シーズンが終わってみれば、チームは日本一になっていて弟の笑顔を一番近くで見ることがでました。今でもあの時の感動は忘れません。

その後、弟がチームを離れることになり「同じチームで弟の笑顔を一番近くでみたい」というひとつの夢を卒業しました。その後悩み、とても迷いましたが、今まで支えてくれたチームメイトとファンのために、「もう一度日本一になって恩返しをしよう!」と決めました。そして、本当に多くの方々のおかげで2011-2012シーズンに2度目の日本一になることができました。2回目の日本一は結果よりも、チャンピオンなるための方法・考え方など多くのことを学ぶことができました。僕にとって、とても大きな財産になっていると思います。

そして、2012年6月に約4年間のプロ生活を終え、『プロで学んだすべてを沖縄の子どもたちのために伝える』という新たな夢に向かっている学園長こと“チャレンジャー安史”です。

今後ともよろしくお願いします。 深謝。

ページ上部へ戻る